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    2008-10-20 (Mon)
    バチカン市国、サンピエトロ大聖堂。
    大聖堂の上に立つ聖人像の数をガイドさんに説明された時は、さほど気にはならなかったのですが、あらためて、じっくり見てみました。

    <サンピエトロ大聖堂の歴史>
    紀元67年、キリストの初代後継者、シモン・ペトロがネロ帝の競技場(キルクス)で、殉教。ここバチカンの丘にお墓を作って埋葬されました。

    その3世紀後に、ローマ皇帝コンスタンティヌスは、その埋葬された墓の上に、教会を建設したのが始まりだそうです。そして、コンスタンティヌス皇帝の時代に、サンピエトロ大聖堂へと発展。
    1503年にユリウス2世教皇によって、老朽化などの理由で、旧大聖堂は取り壊されました。
    その後、1506年旧大聖堂の上に、ルネサンスとバロックの粋を集めた現在の大聖堂が建てられました。
    千年以上も修復・補強を続け、1665年に完成したそうです。

    <バチカン市国誕生>
    1929年、イタリア政府とカトリック教会の間で交わされた、ラテラーノ条約によってバチカン市国が建国されました。聖ペトロの司教の座は、264人のローマ教皇に継承されて来たそうです。

    <列円柱と大聖堂>(いつものように写真はクリックした、アップをご覧ください)
    大建築家ジャンロレツォ・ベルニーニ(1657年~1665年)
    列円柱と大聖堂を、人間の身体の腕と頭に見立て、広場を囲むように完成させた。
    列円柱は、楕円形284本の柱が4列並んでいる。
    円柱の間は、88本の柱と、その上部は欄干で飾られている。

    写真中央がサンピエトロ大聖堂です。
    広場中央、古代ローマ時代、エジプトで作られた、赤花崗岩のオベリスク。
    上空写真なので、広場を囲むように頭と腕が伸びている様子がはっきりお解かりになると思いましたので、絵はがきを使用しました。
    it_93.jpg

    <大聖堂の聖人たち>(コチラの写真もクリックした、アップをご覧ください)
    左右の欄干には、ベルニーニの弟子たちの製作した、140体の聖人像が立ち並んでいます。
    正面、最上階の欄干には、中央に救世主キリスト、両側に11人の使徒と洗礼者聖ヨハネ像があります。
    また、大聖堂へ上がる階段の両側の大きな像は、使徒聖ペトロと聖ヨハネが立っています。
    ファサードは、大聖堂のサイズに合わせて、少し横長になっているのが特徴です。
    中央は開かれ、『祝福の開廊』と呼ばれているそうです。
    it_82.jpg

    参考文献:現地ガイドさんの説明・ローマで購入した「バチカン」と言う本。

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